アトピー性皮膚炎
アトピー性皮膚炎の病態
アトピー性皮膚炎は痒みを伴い慢性的に経過する皮膚炎です。その根本には皮膚の生理学的異常(皮膚の乾燥とバリアー機能異常)があり、そこへ複数の刺激やアレルギー反応が加わって非特異的な刺激反応や特異的アレルギー反応が関与して生じるといわれています。
アトピー性皮膚炎は日常診療で頻繁に目にする疾患ですが、皮膚科医がどのような根拠から診断するのか、その定義と診断基準などを下記に示しましたので、ご参照下さい(日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドラインに準じる)。
アトピー性皮膚炎の定義:
アトピー性皮膚炎は、増悪・寛解を繰返す、掻痒のある湿疹を主病変とする疾患であり、患者の多くはアトピー素因[①家族歴・既往歴(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎、アトピー性皮膚炎のうちのいずれ、あるいは複数の疾患)、または ②IgE抗体を産生し易い素因]を持つ。
アトピー性皮膚炎の診断基準:
- 1) 掻痒
- 2) 特徴的な湿疹病変と分布
急性病変:紅斑、浸潤性紅斑、丘疹、漿液性丘疹、鱗屑、痂皮
慢性病変:浸潤性紅斑・苔癬化病変、痒疹、鱗屑、痂皮
※掻破(かきむしり)などにより、掻破痕(引っ掻いた痕)、びらん、潰瘍、色素沈着、色素脱失などの修飾もある。
分布:前額、眼囲、口囲・口唇、耳介周囲、頸部、四肢関節部、体幹などに左右対称性に分布する。
年齢による特徴:乳児期では、頭、顔に始まり、しばしば体幹、四肢に下降する。幼小児期では、頸部、四肢屈曲部の病変が目立つ。思春期・成人期になると、上半身(顔、頸、胸、背)に皮疹が強い傾向がある。 -
3) 慢性・反復性経過(しばしば新旧の皮疹が混在する)を繰り返す。
乳児では2ヵ月以上、その他では6ヵ月以上を慢性とする。上記を満たさないものは急性あるいは慢性湿疹とし、年齢や経過を参考にして診断する。
診断の参考項目:
- 家族歴(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎。アトピー性皮膚炎)
- 合併症(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎)
- 毛孔一致性丘疹による鳥肌様皮膚
- 血清IgE値の上昇
臨床型(幼小児期以降):
- ①四肢屈側型
- ②四肢伸側型
- ③小児乾燥型
- ④頭・頸・上胸・背型
- ⑤痒疹型
- ⑥全身型
- ⑦これらが混在型
重要な合併症:
- ①眼症状(白内障、網膜剥離など):とくに顔面の重症例
- ②カポジー水痘様発疹症
- ③伝染性軟属腫(水いぼ)
- ④伝染性膿痂疹(とびひ)
治療の目標
患者さんが下記のような状態に到達させることが目標になります。
- 1.症状はないか、あっても軽く、日常生活に支障がなく、薬物療法もあまり必要としない。
- 2.軽い症状は続くが、急激に悪化することはまれで、悪化しても長引かない。
尚、慢性的な経過を辿る湿疹ではありますが、適切な治療で症状がコントロールされると、正常に近い状態を維持することが期待できます。
治療方法(薬物療法など)
アトピー性皮膚炎は遺伝的素因に加え、多彩な内的・外的病因性の疾患なので、現時点では病気そのものを完全に治す薬物療法はありません。従って対症療法と皮疹の悪化や再発予防のためのスキンケアが治療の原則になります。
外用療法
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- 1) ステロイド外用剤
- アトピー性皮膚炎の炎症を充分に軽快させることができ、その有効性と安全性が科学的に立証されている薬剤です。 ステロイドの外用薬は漫然と使っていれば、皮膚に様々な副作用(ステロイドざ瘡、ステロイド潮紅、皮膚萎縮、多毛、細菌・真菌・ウィルスによる皮膚感染症、アレルギー性接触皮膚炎など)を起こします。ステロイド外用薬はその効果によって5段階に分類されています(別項参照)。効果の高さと副作用の起こりやすさは一般的に比例しますので、必要以上に強いステロイド外用薬を使わず、「皮疹の重症度」に見合った薬剤を選ぶことが大切です。
また、ステロイド外用薬を塗って炎症が治まっても、急に中止すると症状がすぐに悪化することがあります。症状をみながら徐々に弱いランクのものに切り替え、更には塗る回数を減らしながら慎重に減量します。原則として子どもでは「皮疹の重症度」の重症と中等症では大人より1ランク低いものを使います。
尚、顔や外陰部は毛穴が多く薬の吸収がよく、効果も得られやすいためミディアムクラス以下の弱いステロイドを使うことが原則となります。
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- 2) 免疫抑制薬(タクロリムス外用剤)
- タクロリムス外用薬はステロイド外用薬とは異なる作用機序でTリンパ球の機能を抑制します。これもステロイド外用薬と同じく、その有効性と安全性が科学的に立証されている薬剤です。その効果は塗布部位およびバリア機能の状態に大きな影響を受けるため、粘膜および外陰部、糜爛・潰瘍面には使用しないで下さい。また、2歳未満の小児並びに妊婦や授乳中の婦人には使用できません。 塗り始めて数日間はしばしば刺激症状(灼熱感、ほてり感、疼痛、掻痒感等)を訴えますが、症状が軽快すると共に刺激感も消えていくことが多いです。皮膚から吸収されやすい顔・頚にはきわめて有効ですが、その他の部位にも使用ができます。特に顔の皮疹に対しては、ステロイド外用薬でみられる皮膚萎縮や毛細血管拡張などの局所副作用がないため、有用性が高いです。
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- 3) 皮膚生理的異常に対する外用療法・スキンケア
- アトピー性皮膚炎では皮膚のバリア機能が低下して乾燥しやすいので、ステロイドやタクロリムス外用剤などで炎症を鎮静させた後も、炎症再燃を予防するために、ステロイドやタクロリムスを含まない外用剤(いわゆる保湿剤・保護剤)を用いたスキンケアが継続的に必要です。これを怠ると炎症が容易に再燃します。使用感のよい保湿剤を選んで1日2回塗り、炎症の再燃を抑えると共にスキンケアをきちんと行うことがアトピー性皮膚炎治療の原則です。再燃が生じないことが確認されれば、徐々に外用を減らしたり、間をあけて外用しても構いませんが、再燃がみられた場合は、躊躇することなくステロイドやタクロリムスなどの外用療法に戻り、炎症の早期の鎮静化および維持療法を目指します。
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- 4) 非ステロイド系消炎剤外用剤
- 炎症を抑える力は極めて弱く、接触皮膚炎(かぶれ)を生じることがまれではなく、使う場面は多くありません。
全身療法
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- 1) 抗ヒスタミン薬(抗アレルギー薬)
- アトピー性皮膚炎はとても痒みが強いので、その痒さを少しでも軽減するため、および引っ掻きによる更なる悪化を防ぐために、抗ヒスタミン作用のある内服薬[第一世代抗ヒスタミン薬または第二世代抗ヒスタミン薬(抗アレルギー薬)]を使用します。抗ヒスタミン薬内服を併用することでかゆみを生じる物質を抑制して、アトピー性皮膚炎の掻痒は有意に抑制できますが、外用療法と比べればあくまでも補助的なものです。これだけでアトピー性皮膚炎の炎症や掻痒を抑えきれるものではありません。また、眠気やだるさなどの副作用の可能性を考えると、第二世代抗ヒスタミン薬(抗アレルギー薬)を第一選択とし、副作用やかゆみ止めの効果を考慮ながら、その他の抗ヒスタミン薬も検討します。
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- 2) ステロイド内服
- ステロイド内服は重症・最重症の患者に対して治療初期に短期間投与を行うことがあります。改善がみられたら、出来るだけ早期に他の治療法に切り替えることが重要です。
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- 3) シクロスポリン
- 通常の治療では軽快しにくい成人例に対して、シクロスポリンという免疫抑制剤をしようする場合があります。症状に応じて時々使用しても良いですが、使用開始(再開)後3ヶ月以内に休薬することが必要です。
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- 4) 漢方
- アトピー性皮膚炎の患者の一部に著効を奏することもあるので、試してみる価値はあります。
その他の治療法
紫外線療法:アトピー性皮膚炎の代替療法の一つとして、各種紫外線照射療法などがあります。特に、ステロイド外用治療で軽快しない場合や、ほかの治療により副作用を生じている場合などに効果があるとされています。一方でその適応には副作用なども含めた十分な検討が必要です。
悪化因子の検索
通常の治療を行ってもなかなか改善しないアトピー性皮膚炎の治療では、悪化因子を調べて、その因子に対する対策をとることはとても大切なことです。まず、アレルギーの原因となるアレルゲンについては年齢により多少の違いがあります。乳幼児では食物アレルゲン、それ以降ではダニ、ハウスダストなどの環境アレルゲンが関与していることがあります。この他にも汗、空気の乾燥、皮膚に触れる様々な刺激物質、ストレスなども注意すべき悪化因子です。
しかし、やみくもにアレルゲン検査を行って、それだけで判断するのはおすすめできません。あくまで治療や悪化予防の参考にとどめるべきです。何故ならアトピー性皮膚炎は多因子により生じるものなので、アレルギー源を明らかにできても、アレルギー源除去のみでは完治できないからです。
心身医学的側面
特に成人の重症アトピー性皮膚炎においては、心理的または社会的ストレスが悪化に関係することがあります。このようなストレスから無意識に病変部位を掻き壊してしまい、癖のように掻き毟りを続けて悪循環に陥る例もしばしばみられます。
また、小児のアトピー性皮膚炎の場合でも、自分への愛情を求めてもそれが得られない場合に同様の掻き毟り行動がみられる場合があります。このような場合には、心身両面からの治療が可能な精神科医を含めたチーム医療が必要になります。
生活指導
- 1)入浴、シャワーを行い、皮膚を清潔に保つ。 入浴時は泡立てた石鹸を用いて手のひらで洗う。
- 2)室内を清潔に保ち、適温・適湿の環境を作る。
- 3)規則正しい生活を送り、暴飲・暴食は避ける。
- 4)刺激の少ない衣服を着用する。
- 5)爪は短く切り、掻き毟りによる皮膚障害を避ける。
- 6)ステロイド外用剤の使用によるためでなく、目の周りの皮疹を掻破したり、叩くことにより眼病変(白内障、網膜裂孔、網膜剥離)が生じる可能性があることに注意し、顔面の症状が重症な例では眼科医の診察を定期的に受ける。
- 7)細菌・真菌・ウィルス性皮膚感染症を生じやすいので、皮膚を良好な状態に保つよう注意する。
最後に:
マスコミや一部の医療関係者による無責任なステロイド批判が原因で、ステロイド内服薬による全身的な副作用と誤認して、「ステロイド外用薬は恐い薬だ」という誤解が生じることがあります。その結果、ステロイド外用薬は使いたくないとおっしゃる患者さんもしばしばみられます。患者さんだけでなく社会一般にステロイドに対する根拠のない不信感が拡がり、ステロイドを拒否する傾向があります。その結果、必要な治療を受けずに症状が悪化してしまう患者さんが増え、患者さんの不利益は計り知れません。疑問や不安があるときには主治医とよく相談して、十分ご理解・納得されてから薬剤を使用しましょう。